先日、海外のテックメディアに掲載された一本の短い記事が、示唆に富んでいると話題です。一見マーケティングとは無関係なこのニュースから、テクノロジーと人間の本質的な関係性を読み解き、これからのBtoBマーケティングのあり方を考えます。
発端は海外テックメディアの「未来の記事」
「Waymo(ウェイモ)の車内で赤ちゃんが誕生。病院に間に合わないという輝かしい伝統は守られる」
先日、米TechCrunchにこんなタイトルの記事が掲載されました。Waymoといえば、Googleの兄弟会社が開発する完全自動運転車。そんな最先端テクノロジーの象徴である車内で、新しい命が生まれたというニュースです。
しかし、この記事で面白いのはその中身と「掲載日」です。本文はたった一文、「どうやら、ディスラプトされない伝統というものも、あるらしい」という皮肉めいたコメントのみ。そして、記事の日付はなんと2025年12月10日。そう、これは未来を予言したジョーク記事なのです。
どんなにテクノロジーが進化して、移動がスムーズかつ最適化されようとも、「陣痛が思ったより早く来た」「道が予測不能なことで混んでいた」といった、人間側のコントロール不能な事態はなくならない。そんな人間の普遍的な営みを、ハイテクの象徴である自動運転車と対比させて見事に表現しています。この記事が示唆するのは、「テクノロジーは万能ではなく、人間の根源的な営みや感情、予測不能な行動までは変えられない」という、一つの真理ではないでしょうか。
BtoBマーケティングにおける「Waymo」と「赤ちゃん」
さて、この話、私たちBtoBマーケターにとって決して他人事ではありません。この比喩を、私たちの日常業務に置き換えて考えてみましょう。
私たちの「Waymo」:進化し続けるマーケティングテクノロジー
私たちの日々のマーケティング活動は、今や数多くのテクノロジーによって支えられています。MA(マーケティングオートメーション)、SFA/CRM、ABMプラットフォーム、BIツール、そして昨今では生成AIの活用も進んでいます。これらは、まさに私たちの業務における「Waymo」です。
これらのツールを駆使すれば、顧客データを分析し、行動を予測し、最適なタイミングで最適なコンテンツを届ける、といった「完璧な顧客体験」という名の目的地まで、最短ルートでたどり着けるはず…。私たちはそう信じて、日々シナリオを組み、データを睨み、PDCAを回しています。
私たちの「赤ちゃん」:予測不能な顧客という「人間」
一方で、私たちが対峙している顧客は、データやセグメントで割り切れる存在ではありません。彼らは、感情を持ち、社内政治に翻弄され、時には直感で意思決定をする「人間」です。これこそが、予測不能なタイミングで生まれてくる「赤ちゃん」に他なりません。
BtoBの購買プロセスは、論理的で長い検討期間を要すると言われます。しかし、その裏側では、
- 担当者の「この営業さん、信頼できるな」という感情的な判断
- 競合の担当者と昔からの付き合いがあったという個人的な関係性
- 急なトップダウンで「あの会社の製品を導入しろ」という社内政治の力学
- 期末の予算が急に余ったから、という突発的な事情
など、私たちの組んだ「完璧なシナリオ」では到底予測できない、極めて人間的な要因が渦巻いています。MAスコアがどんなに高くても失注することもあれば、全くノーマークだった企業から突然大型受注が決まることもある。現場のマーケターなら一度は経験があるのではないでしょうか。
テクノロジー偏重が招く、BtoBマーケターの「落とし穴」
Waymoの比喩に戻れば、「完璧な自動運転」に頼りすぎるあまり、乗客(顧客)の顔色や体調の変化を見落としてしまう危険性がある、ということです。これは私自身の反省も込めてですが、テクノロジーに偏重すると、以下のような落とし穴に陥りがちです。
1. 「完璧なシナリオ」の罠
MAツールで緻密なシナリオを組むこと自体は素晴らしいことです。しかし、そのシナリオから外れたユーザーを「見込みが低い」と切り捨ててはいないでしょうか。Webサイトの行動履歴だけでは見えないオフラインでの検討状況や、社内での口コミなど、データ化されない重要な動きを見逃しているかもしれません。
2. 指標の奴隷になってしまう
クリック率や開封率、MQLの数といった定量的なKPIを追いかけることは重要です。しかし、その数字を追い求めるあまり、「なぜ顧客はこのコンテンツを求めているのか」「この指標の先にいる顧客の感情はどう動いているのか」という本質的な問いを見失ってしまうことがあります。数字はあくまで顧客を理解するための「手段」であり、「目的」ではないはずです。
3. 「人」の手触り感が失われる
すべてを自動化・効率化しようとすると、コミュニケーションから人間味が失われていきます。パーソナライズされたメールも、結局はシステムが送っていることを見透かされると、顧客の心は動きません。時には、営業担当者から送る一本の心のこもった手書き風のメールや、タイミングの良い電話一本が、何百通ものステップメールより効果的なこともあるのです。
これからのBtoBマーケターに求められること
では、私たちはテクノロジーとどう向き合っていくべきなのでしょうか。Waymoが車内出産という事態に備えて、緊急通報システムや助産師との連携マニュアルを用意しておくべきだったように、私たちもテクノロジーを使いこなしつつ、「人間」という不確実性に対応する視点が必要です。
テクノロジーの「運転席」に座る意識を持つ
ツールに「運転させる」のではなく、あくまで私たちが「運転席」に座り、ツールを使いこなすという意識が重要です。データが示す傾向を鵜呑みにせず、「このデータの裏にはどんな顧客心理があるのか?」と仮説を立て、それを検証するために定性的な情報(顧客の声)を取りに行く。そんな主体的な姿勢が求められます。
定性情報(顧客の声)を軽視しない
インサイドセールスや営業担当者との定例会議を設け、「最近のお客様の反応はどう?」「どんなことで悩んでいる人が多い?」といった生々しい情報を積極的に収集しましょう。顧客インタビューやユーザー会なども、顧客の「本音」に触れる貴重な機会です。こうした定性情報こそが、シナリオやコンテンツを血の通ったものにするための最高のスパイスになります。
Waymoの車内出産というユーモラスな記事は、テクノロジーが進化すればするほど、変わらない「人間」の存在が際立つことを教えてくれます。私たちの仕事は、最新の車を乗りこなすことではなく、その車に乗っている乗客を、安全かつ快適に目的地までお連れすること。その本質を忘れずに、テクノロジーという強力なパートナーと共に、顧客と向き合っていきたいものですね。

コメント