営業やマーケの現場にいると、一度はこんな会話が生まれます。
「リード一覧、全部スプレッドシートにあるんだから、これそのまま一斉メールに流せない?」
そして誰かが、BCCに貼り付けて一斉送信する方法を見つけてくる。場合によっては、GAS(Google Apps Script)で半自動化も始まる。
この流れ自体は自然ですが、どこかで必ず限界も来ます。この記事では、
- スプレッドシート + 手作業
- スプレッドシート + GAS(半自動)
- その先にある「ちゃんとした仕組み」
この3つを並べて、本質を整理してみます。
なぜ人は「スプシから一斉メール」を始めてしまうのか
まず、出発点を押さえておきましょう。
多くの現場では、こんな背景があります。顧客やリードの一覧はすでにスプレッドシートにある。専用ツールの選定・契約・初期設定をしている時間がない。「とにかく今週中にイベント告知を送りたい」など、目の前の用事が先に来る。内製システムを組むほどではないが、手作業だけだと少しつらい。
つまり、「ちゃんとした仕組み」よりも「とりあえず明日・来週の配信」が優先される状況から生まれるのが、スプレッドシート発の一斉メールです。
スプレッドシート一斉配信の中身をバラす
やっていることを要素に分解すると、実はとてもシンプルです。
リスト(誰に)
名前、メールアドレス、分類(既存顧客・見込み客など)、行動履歴の簡単なメモ。
メッセージ(何を)
件名と本文。ときどき「{お名前}」のような差し込み変数。
タイミング(いつ)
「思い立ったとき」「イベント前日」「申込から3日以内に一回だけ」など。
配信処理(どう送る)
BCCにコピペする手作業か、GASで自動送信する半自動か。
結果の記録(どうなった)
「送信済み」とシートに書く。せいぜい、送信日と担当者名を残すくらい。
この5つをどう回しているかの違いが、運用の差になっています。
手作業での一斉配信:最速だけど、もっともヒヤッとするやり方
いちばん原始的なやり方は、こうです。
スプレッドシートのメールアドレス列をコピーして、メールソフトのBCC欄に貼り付ける。件名・本文を入れて送信。必要なら、アドレスの転置やCSVダウンロードをはさみますが、基本構造は変わりません。
この方法の良さは、とにかく今すぐできること。しかし、限界やリスクもはっきりしています。
TOやCCに誤って貼ると、アドレスが全員に見えてしまう。BCCの一覧が長すぎて「この人、本当に入れていいんだっけ?」が見えなくなる。退会希望者やクレーム対応中の相手に、うっかり送り続けてしまう。誰が、どれに反応したのかはほとんど追えない。
小さなリストで単発の案内を送るだけなら、まだ許容できます。でも「毎月のニュースレター」「イベントごとの告知」「ステップメール」になってくると、怖くて押せない”爆弾ボタン”になります。
GASで半自動化:人間の手間を減らす中継ぎの一手
そこで登場するのが、GAS(Google Apps Script)による半自動化です。
どんなことができるか
イメージとしては、こんな流れです。
スプレッドシートに配信リストを用意します。名前、メールアドレス、区分(例:資料請求者・イベント参加者など)、ステータス(未送信・送信済みなど)といった列を作る。
Googleドキュメントにメール本文のテンプレートを作成して、「{お名前}」や「{会社名}」のようなプレースホルダを配置します。
GASでスクリプトを書きます。シートを1行ずつ読みながら、テンプレートの「{お名前}」を該当の名前に差し替え、MailApp.sendEmail()やGmailApp.sendEmail()で送信。送信した行には「送信済み」と日時を書き込む。
スクリプトを実行して一括送信。テスト送信で内容を確認して、問題なければ本番実行です。
GASで自動化するメリット
手作業に比べて、GASにはこんな利点があります。
宛名差し込みや「一人ずつ送る」を自動でやってくれる。送信済みのフラグを自動で付けられる。条件分岐(例:「この列がYESの人だけ送る」)をロジック化できる。スクリプトさえ書いてしまえば、毎回の作業は格段に軽くなる。
「BCCに長いアドレスリストを貼り付けて震えながら送信」からは、ひとまず卒業できます。
それでもGASには”天井”がある
一方で、GASも万能ではありません。
メールサービス自体の送信上限がある(一定数を超えると一時的に送れなくなる)。エラーや一部失敗時のリトライロジックを、自分で書く必要がある。開封率・クリック率といった配信結果は、基本的には取れない。スクリプトを書ける人に運用が依存しがちで、属人化しやすい。
結果的に、GASでの自動化は「手作業の地獄から脱出する中継ぎ」にはなるけれど、「本格的なメールマーケ・営業フロー」を回すには、少し心もとないという位置づけになります。
手作業・GAS運用の共通の限界
手でやるにせよ、GASで半自動化するにせよ、共通している限界がいくつかあります。
1. セグメントが増えた瞬間に破綻しがち
最初は「全員に同じメール」でも良かったものが、既存顧客向け、新規リード向け、特定の資料をダウンロードした人向けと分け始めた途端、シートの列・タブ・フィルタが一気に複雑になります。
「この人、本当はどのグループに属しているのか」が、ぱっと見で分からなくなる。ここをGASで頑張ると、スクリプトがどんどん大きくなり、触れる人が限られる”謎のブラックボックス”が生まれます。
2. タイミングを”人の記憶”に頼っている
イベント7日前のリマインド、申込から3日後のフォロー、商談化しなかったリードの掘り起こし。こういった「時間差のあるコミュニケーション」は、人間の「覚えておく力」に依存している限り、どこかで漏れます。
GASで時間トリガーを仕込むこともできますが、それを増やし続けると、今度は「どのトリガーが何をしているのか」が追えなくなります。
3. 結果の見えなさが、改善を止める
何人が開封したのか、誰がどのリンクをクリックしたのか、どのセグメントが一番反応しているのか。こういった情報がなければ、「なんとなく忙しいけど、効果があるのか分からない状態」が続きます。これもまた、GASだけではきれいに解決しきれない部分です。
本質は「メール」ではなく「コミュニケーションフロー」
ここまで見てくると、はっきりしてくることがあります。
本当にやりたいのは、「大量のメールを送ること」ではない。
やりたいのは、本当はこういうことのはずです。どんな属性の人に、どのタイミングで、どんなメッセージを届ければ、行動(問い合わせ・来場・購買など)が動きやすくなるのか。
これを、感覚ではなく、ある程度”設計されたフロー”として組み立てていく。そのための材料として、配信結果の数字もちゃんと見たい。
スプレッドシート + 手作業やGASは、このうち「誰に送るか」「何を送るか」「最低限のタイミング」を回すには役立つけれど、「フロー全体の設計と改善」という観点では、どうしても限界があります。
スプレッドシートを「卒業」ではなく「入口」にする発想
とはいえ、「じゃあ明日から全部やめて専用システムだ」と言っても現実的ではありません。
現場で無理なく進めるには、最初の一歩はスプレッドシート + 手作業 or GASでいい。でも早い段階から、”その先”を見据えておく。この二段構えが現実的です。
Step 1:スプレッドシートの”リストとしての質”を上げる
メールアドレスだけでなく、最低限の属性(ステータス・興味・最終接点日など)を整える。配信可否(配信OK・配信停止)をきちんと管理する列を作る。誰が見ても「このシートを見れば全体が分かる」状態にする。
この段階では、配信方法は手作業でもGASでも構いません。
Step 2:配信ルールを言葉で決めてみる
「この属性の人には、○○のタイミングでこういうメールを送る」「この行動をした人には、営業にアラートを飛ばす」など、頭の中にあったものを文章にしておきます。
ルールが言葉になった瞬間、「これ、毎回手でやるのはきついよね」「ここは自動化したいよね」という議論がしやすくなります。
Step 3:GASで”苦しいところ”だけを自動化する
全部を自動化しようとするのではなく、宛名差し込み、ステータス更新、簡単な条件分岐(特定列がYESの人だけ送る)といった、手作業だとミスや負担が大きい部分に絞ってGASを使う。
「全部GASでやるぞ」ではなく、「人間がやると危ない・しんどいところだけGASに任せる」という使い方のほうが、長く回ります。
まとめ:スプシもGASも悪くない。ただ、”役割”を間違えない
スプレッドシートからのメール一斉配信は、現場が自力で始めるための一番手軽なやり方として、とても優れています。GASを使えば、手作業のしんどい部分をかなり減らせます。
ただし、そのまま永遠に使い続けるには、次のような問題がつきまといます。
- 情報漏えいなどの事故リスク
- セグメントやタイミングが増えたときの複雑さ
- 配信結果が見えないままの”打ちっぱなし”運用
- スクリプトやシート構造が属人化して、誰も触れなくなる
本質的にやりたいのは、顧客とどんなリズムで、どんな文脈で、どんなメッセージをやりとりするかという「コミュニケーションフロー」の設計と改善です。
その意味で、スプレッドシートは「リストの入口」、GASは「人間の手作業を助ける中継ぎ」という役割で捉えておき、どこかのタイミングでフロー全体を支える仕組み(CRM・MA的なもの)にバトンを渡していく。
今、もしあなたのチームが「スプシ + BCC」や「スプシ + GAS」でなんとか回しているという状態なら、それは悪いことではありません。むしろ、多くの組織が通る”自然な第一歩”です。
大事なのは、その一歩の先に、どのラインまでをスプレッドシートとGASで支え、どこから先を、より広い仕組みに任せるのかを意識しておくこと。
その視点を持った瞬間、同じスプレッドシートでも、ただの表ではなく、「顧客とのコミュニケーション設計の出発点」として見えてくるはずです。


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