音楽ストリーミングサービスのSpotifyが、AIを活用した新しいプレイリスト機能をテストしていると報じられました。一見、BtoCサービスの話に見えますが、実はこれからの日本のBtoBマーケティングを考える上で、非常に重要な示唆に富んでいます。
Spotifyがテストする「AIプレイリスト」とは?
先日、海外のIT系メディアで報じられたSpotifyの新しいテスト機能が、マーケティング界隈で静かな話題を呼んでいます。それは、ユーザーが「雨の日の夜に集中して作業するための曲」といったような、日常的な言葉(プロンプト)で指示するだけで、AIが最適なプレイリストを自動生成してくれるというものです。
この機能のすごいところは、単にキーワードに合う曲を集めるだけではない点です。報道によると、以下の3つの特徴があるようです。
- 文脈理解:一般的な知識(「雨の日」「作業」といった言葉のニュアンス)をAIが理解する。
- 完全なパーソナライズ:ユーザーがSpotifyを使い始めた初日からの全聴取履歴をAIが参照する。
- 動的な更新:生成されたプレイリストは、毎日・毎週といった単位で内容をリフレッシュできる。
つまり、「あなたという人間を完全に理解したAI専属DJが、あなたの今の気分や状況に合わせて、世界中の曲の中から最高の選曲をしてくれる」ような体験が実現するわけです。これは、パーソナライゼーションの一つの究極形と言えるかもしれません。
BtoBマーケターがこのニュースから学ぶべき3つの視点
さて、ここからが本題です。「音楽アプリの話でしょ?」と片付けてしまうのは非常にもったいない。このSpotifyの試みは、BtoBにおける顧客との向き合い方を根本から変える可能性を秘めています。私たちBtoBマーケターは、この動きから何を学び取るべきでしょうか。
1. 「点の施策」から「線の体験」へ
従来のBtoBマーケティングは、「ホワイトペーパーをダウンロードした人にはこのメールを送る」「セミナーに参加した人にはあのインサイドセールスが電話する」といったように、顧客のアクション(点)に対して施策を打つのが一般的でした。しかし、SpotifyのAIプレイリストは、ユーザーの過去から現在までの聴取履歴という「線」でユーザーを捉え、連続性のある体験を提供しようとしています。
これをBtoBに置き換えてみましょう。例えば、ある見込み客が過去に閲覧したブログ記事、ダウンロードした資料、参加したウェビナーのテーマといったすべての接点(データ)を「線」としてAIが学習します。そして、その人が次にウェブサイトを訪れたとき、「〇〇様が次に知りたいのは、おそらくこの導入事例と、こちらの機能詳細ページではありませんか?」と、まるで心を見透かしたかのように最適なコンテンツを提示する。そんな未来がすぐそこまで来ています。
もはや、画一的なステップメールやシナリオ分岐だけでは不十分。顧客一人ひとりの文脈に合わせた「連続的な体験」をいかにデザインするかが、競合との差別化を分ける鍵となるでしょう。
2. 過去の全データが「生きた資産」になる
「ユーザーが使い始めた初日からの全聴取履歴を参照する」という点も、非常に示唆に富んでいます。多くの企業では、CRMやMAに膨大な顧客データが蓄積されていますが、そのほとんどは「最新の行動履歴」や「直近の商談記録」といった短期的な情報しか活用されていないのではないでしょうか。
筆者自身も、過去のプロジェクトで「数年前に一度だけ問い合わせがあったきりの休眠顧客リスト」の扱いに頭を悩ませた経験があります。しかし、AIの進化によって、こうした過去の膨大なデータも「生きた資産」として蘇らせることが可能になります。
例えば、5年前に価格がネックで失注した顧客が、最近になって価格改定のプレスリリースを閲覧したとします。この2つの遠く離れたデータをAIが結びつけ、「今こそ再アプローチの絶好のタイミングです」と営業担当者にアラートを出す。Spotifyの事例は、データ活用の深度が、これまでの比ではないレベルに達することを示唆しているのです。
3. 顧客の「意図」を汲み取るUXの重要性
最後に注目したいのが、「プロンプト(日常的な言葉での指示)」というインターフェースです。これは、顧客が「私は今、こういう状況で、こんな情報が欲しい」という意図を直接システムに伝えられることを意味します。
これまでのウェブサイトは、企業側が用意したナビゲーションや検索窓に、顧客が合わせる必要がありました。しかしこれからは、顧客が自分の言葉で求めるものを投げかけると、システムがその意図を汲み取って最適な答えを返す、という形が主流になるかもしれません。
BtoBサイトのチャットボットが、単なるQ&A対応だけでなく、「来期の予算策定の参考に、うちの業界向けの費用対効果が高い事例を探している」といった曖昧な相談にも乗ってくれる。そんなUX(ユーザーエクスペリエンス)が実現すれば、顧客満足度は飛躍的に向上するはずです。
まとめ:BtoBマーケティングの次の一手
SpotifyのAIプレイリストは、単なる便利な新機能というだけではありません。それは、AIがいかに深く個人を理解し、心地よい体験を提供できるかを示すマイルストーンです。
私たちBtoBマーケターは、このトレンドを対岸の火事と捉えるのではなく、「自社の顧客データを使って、どのような『線の体験』を提供できるか?」を考え始めるべき時期に来ています。まずは、社内に点在する顧客データを整理し、それらをどう繋げれば顧客をより深く理解できるか、という議論から始めてみてはいかがでしょうか。

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