海外のVC業界で「主導権はVCから起業家へ移った」という大きな変化が起きています。これは、単なる資金調達の話ではありません。この構造変化は、現代のBtoBマーケティングにおける「買い手優位」の市場と酷似しており、私たちマーケターに重要な示唆を与えてくれます。
「主導権は起業家にある」- VC市場で今、起きていること
先日、TechCrunchに「市場は『スイッチ』した。今やパワーは起業家にある、とVCは語る」という興味深い記事が掲載されました。記事によれば、VC(ベンチャーキャピタル)間の競争が激化し、有望なスタートアップへの投資機会をめぐって、かつてないほどの速さでディールが進んでいるとのこと。複数のVCからオファーを受けることも珍しくなく、交渉の主導権は明らかに資金の出し手(VC)から、資金の受け手(起業家)へとシフトしている、と当事者であるVC自身が認めているのです。
一昔前までは、起業家が事業計画を手にVCの門を叩き、厳しい評価の末にようやく資金を調達するのが当たり前でした。しかし今や、VC側が「いかにして優れた起業家に選んでもらうか」を競う時代に突入したのです。このパワーバランスの変化、どこかで見た光景ではないでしょうか?そう、BtoBのセールス・マーケティングの世界で起きている変化そのものです。
この変化が日本のBtoBマーケターに突きつける「2つの現実」
このVC市場の変化は、対岸の火事ではありません。むしろ、日本のBtoBマーケターが直面している、あるいはこれから直面するであろう2つの現実を浮き彫りにしています。
1. 資金力のあるアグレッシブな競合の出現
まず直接的な影響として、豊富な資金を調達したスタートアップが、あなたの市場に新たな競合として参入してくる可能性です。彼らは調達した資金を元手に、優秀な人材を獲得し、プロダクト開発を加速させ、そして何より、マーケティングや広告に大胆な投資を行ってきます。これまでと同じやり方では、彼らの勢いに押され、市場シェアを奪われかねません。私たちマーケターは、常に市場の新しいプレイヤーを監視し、彼らの戦略を分析した上で、自社の優位性を再定義し続ける必要があります。
2. 顧客の期待値の変化と「買い手優位」の加速
より本質的な示唆は、顧客のパワーシフトです。インターネットの普及により、顧客は製品やサービスに関する情報を簡単に入手できるようになりました。比較サイト、レビュー、SNSでの口コミなど、彼らは営業担当者に会うずっと前から「情報武装」しています。どの企業と話を聞くか、どのタイミングで連絡を取るか、その主導権は完全に買い手側にあるのです。
これは、有望な起業家が複数のVCを天秤にかける構図と全く同じです。私たち売り手は、買い手から「選ばれる」立場にあることを、これまで以上に強く認識しなければなりません。
買い手優位の時代を勝ち抜くBtoBマーケティング戦略
では、この「買い手優位」の時代に、私たちBtoBマーケターは何をすべきなのでしょうか。VCが起業家に選ばれるために努力しているように、私たちも買い手に選ばれるための戦略が必要です。
処方箋1:売り込みではなく「意思決定の支援」に徹する
顧客はすでに多くの情報を持っています。彼らが求めているのは、さらなる製品情報ではなく、溢れる情報の海の中から「自分たちにとって最適な解」を見つけ出すための手助けです。自社製品の利点を一方的に伝えるのではなく、顧客が抱える課題を深く理解し、その解決策を共に考えるパートナーとしての姿勢が問われます。
私が特に重要だと感じるのは、まさにこの「伴走者」としての役割です。Webサイトで公開するコラムやホワイトペーパーも、単なる機能紹介ではなく、「〇〇業界の担当者が陥りがちな課題と、その解決ステップ」といった、顧客の意思決定プロセスに寄り添うコンテンツへと進化させるべきでしょう。
処方箋2:「選ばれる理由」を磨き、明確に伝える
VCは資金を提供するだけでなく、「我々と組めば、こんなネットワークが使える」「この分野の知見なら誰にも負けない」といった付加価値をアピールします。同じように、私たちも製品の機能や価格だけで勝負するのではなく、「なぜ、我々が選ばれるべきなのか」という独自の価値(UVP: Unique Value Proposition)を明確に打ち出す必要があります。
それは、手厚いカスタマーサポート体制かもしれませんし、特定の業界に特化した深い知見かもしれません。あるいは、企業のビジョンへの共感かもしれません。その「選ばれる理由」を定義し、マーケティングのあらゆるメッセージに一貫して込めることが、競合との差別化に繋がり、買い手の心に響くのです。
VC市場のパワーシフトは、BtoBマーケティングの未来を映す鏡です。主導権が買い手に移ったこの新しい市場で、私たちは挑戦者として、顧客に選ばれるための努力を続けていく必要があります。今一度、自社のマーケティング活動が「売り手目線」になっていないか、見直してみてはいかがでしょうか。

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