顧客管理システム、いわゆるCRM。多くの企業が導入しているものの、「入力が面倒」「自社の業務フローに合わない」「結局スプレッドシートに戻ってしまう」といった声を耳にすることは少なくありません。そんな中、海外を中心に急速に注目を集めているのが、イギリス・ロンドン発のスタートアップが手がける「Attio(アッティオ)」です。
Attioは単なる顧客管理ツールではなく、最初からAIの活用を前提として設計された、いわば「AIネイティブCRM」。自社のビジネスモデルや組織構造に合わせて、データの持ち方や画面表示を自由に組み替えられる点が大きな特徴です。営業だけでなく、カスタマーサクセスやマーケティング、さらには採用や投資家管理にまで応用できる柔軟性を備えており、「モダンなGo-to-Marketチーム向けのワークスペース」として開発されています。
なぜ今、Attioが注目されているのか
従来のCRMは、あらかじめ決められたデータ構造や項目に沿って情報を入力していくスタイルが一般的でした。しかし、スタートアップや急成長中の企業では、ビジネスモデルそのものが頻繁に変わることも珍しくありません。新しいプロダクトラインが生まれたり、営業手法が変わったり、ターゲット顧客層が変化したり。そのたびに「今のCRMでは管理しきれない」「項目が足りない」「かといってカスタマイズに時間とコストがかかる」という悩みが生じます。
Attioはそうした課題に対して、まったく異なるアプローチを提示しています。データモデル自体を自社で自由に設計でき、しかもメールやカレンダーとの自動同期によって「入力の手間」を最小限に抑える。さらにAIが情報を自動補完し、チーム全員がリアルタイムで同じ情報を見ながら動ける。こうした設計思想が、変化の激しい環境で戦うチームに刺さっているのです。
Attioを支える3つの柱
Attioを理解するうえで押さえておきたいのが、次の3つのコンセプトです。
柔軟なデータモデル
Attioでは、「オブジェクト」と呼ばれるデータの箱を自由に作ることができます。たとえば、標準で用意されている「人」「企業」「案件」といったオブジェクトに加えて、採用管理なら「候補者」や「求人ポジション」、アライアンス業務なら「パートナーシップ」といったオブジェクトを追加できます。それぞれのオブジェクトには、必要な属性(フィールド)を自由に設定可能。売上見込み、役職、契約プラン、更新日など、自社の業務に本当に必要な項目だけを持たせることができるのです。
さらに、複数のオブジェクト同士を関連付けることで、「この企業に紐づく案件一覧」「この人に関連するミーティング履歴やメールのやり取り」「このパートナー経由で発生した売上」といった情報を、まるでグラフをたどるように可視化できます。表示形式も、テーブル、カンバン、ボードなど複数のビューを用意しており、営業メンバーはカンバンで案件を管理し、経営層はサマリーレポートで全体像を把握する、といった使い分けが簡単にできます。
AI・自動化を前提にした設計
Attioが「AIネイティブ」と呼ばれる理由は、単にAI機能が付いているからではありません。最初から「人間が手で入力しなくても、情報が自動で溜まっていく」ことを前提にした設計になっているのです。
具体的には、Google WorkspaceやMicrosoft 365といったメールやカレンダーと同期し、日々のやり取りや予定を自動でAttioに取り込みます。メールを送った相手や、ミーティングに参加した人の情報は、自動で「人」や「企業」のレコードとして作成され、過去のメール履歴もタイムライン形式で蓄積されていきます。従来のCRMでよくあった「メールを書いた後に、わざわざCRMを開いて活動履歴を入力する」という二度手間が、ほぼなくなるわけです。
さらに、外部データソースを活用したエンリッチ機能も備えています。たとえば企業のレコードを作成すると、業種、従業員数、売上規模、所在地といった基本情報が自動で補完されます。営業リストを作るときやセグメント分けをする際に、いちいち調べて入力する手間が省けるのは大きなメリットです。
最近では、メールや通話の内容をAIが要約したり、重要なインサイトを抽出したりする機能も提供されており、「誰が何を話したのか」を素早く把握できるようになっています。こうした機能により、情報のインプットだけでなく、アウトプットの質も高まる仕組みが整いつつあります。
リアルタイムなコラボレーション
Attioは、個人が使うツールとしてではなく、チーム全員で同時に使うワークスペースとして設計されています。リストやビューはチームで共有でき、案件ごとにコメントを残したり、タスクを割り当てたりすることが可能です。権限管理も細かく設定できるため、「誰が何を見られるか」「誰が編集できるか」をコントロールしながら、必要な情報を必要な人に届けることができます。
複数人が同時に編集することも想定されており、いわゆる「スプレッドシート共有地獄」――誰がどこを編集したのか分からない、上書きされて消えた、といった問題からの脱却を目指しています。
どんな使い方ができるのか
Attioは「営業CRM」として紹介されることが多いですが、データモデルの柔軟性を活かして、さまざまな用途に応用されています。
営業・インサイドセールス
リードの獲得から商談、受注までのパイプライン管理が基本的な使い方です。メールやカレンダーとの自動連携により、活動履歴が勝手に記録されていくため、「今月どれだけ動いたか」「どの顧客と最近接触していないか」といった情報がすぐに分かります。セグメントごとにリストを作成して営業リスト化したり、AIによる優先度付けや要約を活用したりすることで、効率的な営業活動が可能になります。
カスタマーサクセス・アカウントマネジメント
既存顧客の契約情報や利用状況、ヘルススコアを一元管理し、契約更新やアップセルのタイミングを逃さないようにするのにも適しています。打ち合わせのメモや通話記録もすべて一箇所に集約されるため、担当者が変わったときの引き継ぎもスムーズです。
採用・投資家・パートナー管理
汎用的な「リレーション管理ツール」として、候補者の選考プロセスを追いかけたり、投資家や株主とのコミュニケーションログを残したり、代理店やパートナーとの案件を管理したりする使い方もされています。データ構造を自由に設計できるからこそ、CRMという枠を超えて、あらゆる「人と組織の関係性」を管理するプラットフォームとして機能するのです。
料金体系について
Attioの料金はドル建てで提供されており、無料プランと複数の有料プラン(Plus、Pro、Enterpriseなど)が用意されています。無料プランでも基本的な機能は試すことができ、小規模なチームならそのまま使い続けることも可能です。有料プランでは、ユーザー単位の月額課金となり、権限管理、高度な自動化、シングルサインオン(SSO)といった機能が段階的に解放されていきます。
具体的な金額や機能の詳細は変更される可能性があるため、導入を検討する際には公式サイトのPricingページで最新情報を確認することをお勧めします。
Attioのメリット
自社プロセスに合わせて後から変えられる
最大の魅力は、やはりその柔軟性です。オブジェクトやフィールドを後から追加・変更しやすいため、ビジネスモデルの変更や新規事業の立ち上げにも柔軟に対応できます。「ツールに業務を合わせる」のではなく、「業務にツールを合わせる」ことができるのは、変化の激しい環境では非常に大きなアドバンテージです。
入力工数が少ない
メールやカレンダーとの同期、データエンリッチによる自動補完により、手入力の負担が大幅に軽減されます。「入力が面倒でCRMが形骸化する」という、多くの企業が経験してきた問題を根本から解決する設計になっています。
AI・自動化前提のワークフロー
条件ベースの自動アクションを設定すれば、レコードの更新やステータス変更をトリガーにして、タスクの作成、メールの送信、通知の発行などを自動実行できます。複雑なスクリプトを書かなくても、ノーコードに近い感覚で「こういう動きをしてほしい」を実現できるのは、技術者がいない小規模チームにとっても心強いポイントです。
モダンで直感的なUI/UX
海外のユーザーレビューでも、「UIが直感的で使いやすい」という評価が目立ちます。従来型のクラシカルなCRMと比べると、ツールに対する心理的なハードルが低く、チームメンバーの定着率も高まりやすいでしょう。
注意すべき点
日本語対応はまだ発展途上
公式のヘルプセンターやUIは基本的に英語です。プラットフォームとしての対応言語も、現時点では英語が中心。AI機能の一部(通話の文字起こしなど)は日本語にも対応してきていますが、完全に日本語ローカライズされた国産CRMと比べると、やはりギャップがあります。英語に抵抗感が強いチームや、日本語サポートが必須という企業には、現時点では導入のハードルが高いかもしれません。
初期設計に一定のコストがかかる
柔軟であるがゆえに、「どんなオブジェクトを作るか」「どんな項目を持たせるか」「何と何を紐づけるか」といった設計の初期コストは避けられません。ゼロから手探りで触るよりは、営業企画やRevOpsといった役割の人がオーナーになるか、外部の専門家に初期設計を手伝ってもらう体制を組んだ方がスムーズに立ち上がるでしょう。
連携エコシステムは拡大途上
主要なツールとの連携や、Zapierなどのミドルウェア経由での連携は用意されていますが、いわゆる超大手CRMと比べると、ネイティブ連携の数はまだ少なめです。すでに大量の業務システムと密接に結合している環境から移行する場合は、「どこまでネイティブ連携で賄えるか」「どこからはミドルウェアでつなぐか」を事前に見極める必要があります。
どんな企業・チームに向いているか
相性が良いケース
スタートアップから中堅規模のBtoBビジネスで、営業、カスタマーサクセス、マーケティングが同じデータベースで動きたいと考えているチームには特に向いています。スプレッドシートや既存のCRMが「固くて変えづらい」と感じている組織、プロダクトやビジネスモデルの変化が激しく、ツール側にも柔軟性を求める会社にとっては、有力な選択肢になるでしょう。
相性が悪い可能性があるケース
日本語UIや日本語サポートが必須条件の組織、すでに大規模で複雑なCRMを長年運用しており、細かい業務フローがぎっしり詰まっている環境には、そのまま適用するのは難しいかもしれません。また、自社側に「データ設計」や「業務設計」をリードできる人がおらず、ツール任せにしたい場合も、他の選択肢を検討した方が良いでしょう。
導入を検討するときに整理しておきたいこと
Attioを試す前に、社内で以下のポイントを整理しておくと、トライアルがより有意義になります。
まず、何を管理したいのかを明確にすること。案件なのか、パートナーなのか、採用候補者なのか、投資家なのか。そして、どの指標を見たいのか――売上予測、パイプラインの状況、契約更新率など、ゴールを具体的にしておくことが大切です。
次に、必要なオブジェクトや項目をざっくり洗い出しておきましょう。既存のスプレッドシートやCRMで管理している項目を棚卸しし、「これは絶対必要」「なくてもいい」という仕分けをしておくと、初期設計がスムーズになります。
既存ツールとの連携方針も考えておくべきポイントです。メールやカレンダーはどのサービスを使っているのか、他に連携したいツール(マーケティングオートメーション、フォーム、BIツールなど)は何か、整理しておくと良いでしょう。
そして、運用のオーナーを決めること。誰が設計や改善の責任を持つのか、改修やビュー追加の相談窓口をどこに置くのか。こうした体制を事前に決めておくことで、「とりあえず触ってみたけどよく分からなかった」で終わるリスクを大幅に減らせます。
変化に強いチームのための次世代CRM
Attioは、AIネイティブかつ柔軟なデータモデルを持つ、まさに次世代型のクラウドCRMです。メールやカレンダーとの自動同期、データエンリッチによる情報補完により、「手入力しなくても情報が溜まる」設計が実現されています。オブジェクト、フィールド、ビューを自社仕様に組み替えやすく、事業の変化にも柔軟に追随できる点が最大の強みです。
一方で、日本語対応やエコシステムの面では、まだ成長途中の側面があることも事実です。完璧なツールは存在しませんし、すべての企業に合うわけでもありません。しかし、スタートアップから中堅規模で、「今のCRMやスプレッドシートでは限界を感じている」というチームにとっては、間違いなく検討する価値のある選択肢だと言えるでしょう。
Attioを一言で表すなら、「AIと柔軟なデータモデルを武器に、チームで育てていくタイプのモダンCRM」。自社の規模、体制、求める柔軟性のレベルに照らして、「そこまでの自由度が本当に必要か?」を一度クリティカルに考えてみることが、導入判断の第一歩になるはずです。


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